頑張り方が、わからなくなった|不妊治療がしんどかった時期に、私がしたこと

山々を望む展望台で、後ろに手を組んで立つ女性の後ろ姿

前回の記事では、低AMHと診断された私が、不妊治療を経て自然妊娠するまでのことを書きました。

数値を知って絶望したこと。

そこから「質で勝負しよう」と、気持ちを切り替えたこと。

けれど——前を向けたからといって、そのあともずっと前向きでいられたわけではありませんでした。

いちばんつらかったのは、顕微授精のあとの化学流産です。

顕微授精は、当時の私にとって最終手段だと思っていた治療でした。

そこまで進み、体質改善も続けてきました。それでも、望んでいた結果にはつながりませんでした。

そのとき、私は何をどう頑張ればいいのか、わからなくなってしまいました。

そして、一度立ち止まることにしました。

不妊治療中は、前向きでいられない日もありました。

きっと、同じような思いをしている方もいるのではないかと思います。

この記事では、終わりの見えない治療や仕事との両立に疲れ、頑張り方がわからなくなった私が、一度立ち止まり、もう一度動き始めるまでを綴ります。

今、しんどい時期にいる方に、「こんな人もいたんだ」と思ってもらえたら嬉しいです。

目次

最初にクリニックを受診してから、自然妊娠が分かるまでは、約1年4か月でした。
治療の期間も、その時間をどう感じるかも、人それぞれだと思います。
私にとってこの1年4か月は、とても長い時間でした。

治療を続ける中で、特につらかったことのひとつが、いつ終わるのか、誰にも分からないことでした。

不妊治療は、ひとつの治療を終えても、その先に何が待っているかは見えません。
次こそは、と願いながら、また結果を待つ。
次の周期でうまくいくのか、半年後なのか、それとももっと先なのか。

出口の見えない長いトンネルの中にいるような気持ちのまま、また次の周期が始まっていきました。

初めてクリニックに行ったとき、待合室にいる方の多さに驚きました。
こんなにもたくさんの方が、同じように悩んでいるんだ、と。

アトピーは、肌に症状が表れます。
そのため、自分から話さなくても、周りの人が肌の状態に気づくことがありました。

一方、不妊の悩みは、外から見ただけでは分かりません。

どちらのほうがつらい、大変という話ではありません。
ただ、目に見えるつらさと、周りからは見えにくいつらさがあるのだと感じました。

自分から話さなければ周りには気づかれにくく、一人で抱えてしまうこともあります。
待合室にいる方たちも、それぞれの場所では、何事もないように仕事や生活をしているのかもしれない——そんなことを考えていました。

治療を進めていくと、費用のこともついてまわりました。

当時は、不妊治療が広く保険適用される前でした。
私の場合、一度の採卵から移植までに、何十万円もかかりました。

それでも、結果が出るとは限りません。

うまくいかなかったとき、時間もお金もかけたのに、望んでいた結果にはつながらない。

そのたびに、何も残らなかったような悲しさと虚しさを感じました。

治療を重ねる中で、自分の身体について知れたこともあり、今振り返れば、あの時間が無駄だったとは思っていません。
けれど、あの頃はそんなふうには思えませんでした。

治療費が必要だから、仕事を辞めることもできませんでした。
働きながら、通い続けるしかない。

そして、仕事と治療の両立には、また別のしんどさがありました。

当時、私はアパレル店の店長として働いていました。
売上のことも、シフトのことも、スタッフのことも見ていく立場です。

そんな中での不妊治療は、思っていた以上に大変でした。
いちばん困ったのは、採卵日や移植日が、直前まで決まらないことでした。
私が通っていたクリニックでは、診察で身体の状態を確認しながら、採卵日や移植日が決まっていきます。

シフトは、すでに組んであります。
ぎりぎりの人数でお店を回していたため、私が急に休めば、代わりに入ってくれる人や、ほかのお店からのヘルプを探さなければなりません。

一度ならまだしも、それが続くと、本当に申し訳なくて、どんどん言いづらくなっていきました。
だから、診察のたびに心の中で願っていました。

頼むから、休みの日に当たってほしい。

治療を進めるために必要な通院だと分かっていても、周りに負担をかけたくない気持ちは、なくなりませんでした。

通院の日は、朝5時台に家を出ていました。
7時30分からの診察に間に合うように向かい、診察が終わったら、そのまま仕事へ。

その日が遅番だと、家に帰り着くのは夜9時半頃になります。
帰宅する頃には、もうぐったりでした。

当時はコロナ禍で、お店の営業時間が短い時期だったため、通常よりは通院しやすかったと思います。
それは、せめてもの救いでした。

それでも、朝早くから病院へ行き、そのまま一日働くことは、身体にも気持ちにも負担がかかりました。

私は、不妊治療を始めたときから、上司やお店のスタッフに治療のことを話していました。
急なお休みをお願いすることもあるため、協力してもらいたいという気持ちも、もちろんありました。
でも、それだけではありませんでした。

お店のスタッフは、みんな女性でした。

この先、スタッフ自身が不妊に悩むことがあるかもしれない。

いつか店長になったとき、不妊治療をしているスタッフと働くことがあるかもしれない。

そんなときに、私の経験が別の形で何かの役に立つ日が来るかもしれないと思ったのです。
だから私は、治療のことを隠さずに話していました。

ありがたいことに、上司もお店のスタッフも、不妊治療に理解を示し、協力してくれました。
周りの方に支えてもらいながら、治療を続けることができました。

そして、お店にはもう一人、不妊治療をしているスタッフがいました。
治療の進み方も、抱えているものも、それぞれ違います。

それでも、お互いにシフトを代わり合い、治療の大変さを分かち合える彼女は、私にとって理解者であり、戦友のような存在でした。

彼女の存在には、何度も救われました。

その後、彼女から妊娠したことを教えてもらったときは、自分のことのように嬉しかったです。
彼女が私よりもずっと長い間、不妊治療を続けてきたことを、近くで見ていたからです。

二人で泣きながら、喜びました。
このときは、本当に心の底から嬉しかったです。

2回目の移植のあと、化学流産を経験しました。
そのときの詳しい経過は、前回の記事に書いています。

低AMHと診断されたときも、目の前が真っ暗になりました。
でも、あのときと今回とでは、決定的に違うことがありました。

あのときは、次にやることが見えていたのです。

早めにステップアップしましょう、と言われ、次に進む道は見えていました。
卵子の質のために、自分にできることをやろうとも決めていました。
つらくても、進む方向だけは分かっていました。

けれど、化学流産のあとは違いました。

タイミング法から始めて、人工授精を経て、顕微授精まで進みました。
これ以上の方法はもうない。当時の私は、そう思うところまできていました。

食事や運動など、身体のために自分ができることも、できるかぎり続けてきました。
自分なりに、やれることはやったつもりでした。

それでも、妊娠は続きませんでした。

そして、次にすることは——また、採卵からでした。

採卵をして、受精を待ち、移植をして、判定を待つ。
また同じ道のりを、最初から進まなければならない。

まだ、時間がかかるかもしれない。

そう思ったとき、それまで張りつめていた気持ちが、ぷつんと切れてしまったような感覚がありました。

何かをする気になれませんでした。

食事に気をつけることも、運動をすることも、もう頑張れませんでした。
治療のことも、考えたくありませんでした。
これまで続けてきたことなのに、何をする気にもなれない。

疲れちゃったな。

そのとき、素直にそう思いました。
私はそれまで、頑張ればどうにかなると思っていたのだと思います。

アトピーのときも、そうでした。
自分で調べて、食事や生活を見直して、それを続けるうちに、少しずつアトピーがよくなっていきました。

だから妊活も、頑張れば少しずつ近づけるはずだと信じていました。
でも、そうではありませんでした。

頑張ったから、努力したから、必ず報われるわけではない。
そのことが、本当につらかった。

頑張り方が、わからなくなってしまったのです。

化学流産のあと、私はスマホでたくさんのことを検索していました。

また妊娠できるのか。

次は、すぐに授かれるのか。

これから、何をすればいいのか。

知りたかったのは、たったひとつでした。

私は、これからどうなるんだろう。

けれど、どれだけ検索しても、その答えを知ることはできませんでした。

化学流産について調べているうちに、初めて見る言葉や、自分に当てはまるかどうかも分からない情報が、次々と目に入ってきました。

ひとつ気になることを見つけると、それについてまた検索する。
すると、そこから別の心配が出てきて、さらに検索する。

安心したくて調べているのに、調べれば調べるほど、不安や悩みが増えていきました。
どれだけ調べても、自分がこの先どうなるのかは分かりません。

それでも、何か安心できる答えが欲しくて、検索を続けていました。

検索しても、答えは見つからない。
そんなことは、途中から自分でも分かっていました。
それでも、スマホを触ると、また検索してしまいます。

調べて不安になり、その不安を消すために、さらに調べる。
その繰り返しでした。

そのうち、スマホを触っているだけで疲れるようになっていきました。

何も解決していないのに、時間だけが過ぎていく。
検索を続けるほど、心まで疲れていきました。

戦友のような彼女の妊娠は、心の底から嬉しく、二人で泣きながら喜びました。
けれど、誰の妊娠も、いつも同じように受け止められたわけではありませんでした。

同じ頃に不妊治療を始めた方たちの妊娠報告を、次々に目にするようになりました。
私よりあとに結婚した方が、すぐに妊娠したこともありました。

もちろん、「おめでとう」と思う気持ちはありました。
けれど、その一方で、自分のことを考えると苦しくなりました。

私は化学流産を経験し、また採卵から始めなければなりません。
まわりが前へ進んでいるのに、自分だけが止まっているように感じました。

人生ゲームでいうと、また振り出しに戻ってしまったような感覚でした。

不妊治療を始める前は、誰かの妊娠を聞いて、こんなふうに感じることはありませんでした。

それなのに、心から喜びきれない自分がいる。

素直に喜びきれない自分は、嫌だな。
そう思っていました。

誰かと比べても意味がないことは、頭では分かっていました。
けれど、分かっていることと、そう思わずにいられることは、別でした。

誰かの幸せを喜びたい気持ちも、自分の状況が苦しい気持ちも、どちらも本当でした。
それでも当時の私は、そんな自分まで責めてしまっていました。

検索を続け、人と比べ、自分を責めるうちに、心はますます疲れていきました。

今は、とりあえず休みたい。

そう思って、私は一度、立ち止まることにしました。

まず、なるべくスマホを触らないようにしました。
手元にあると、疲れると分かっていても、また治療のことを検索してしまうからです。

次の治療について考えることも、いったんやめました。

また採卵からか——。

そう思うだけで、つらくなってしまったからです。

この時期は、運動もしていませんでした。
食事も、好きなものを食べました。

身体のために何かをしなければと考えることからも、少し離れていました。

空いた時間には、映画やドラマを見たり、夫と出かけたり。
実家に帰って、家族と過ごすこともありました。

治療のことを考えない時間を作りながら、のんびりと過ごしました。

何かを頑張るためではなく、ただ、疲れてしまった自分の心と身体を休ませるための時間でした。

心を休ませることの大切さについては、アトピーとストレスについて書いた記事でもお伝えしています。

そんなふうに穏やかに過ごすうちに、少しずつ自分の気持ちを整理できるようになっていきました。

これから、自分はどうしたいのだろう。
改めて考えたとき、心の中に浮かんだ答えは、ひとつでした。

やっぱり、子どもが欲しい。

治療に疲れてしまったことと、子どもを望む気持ちは、どちらも本当でした。
すぐに元のように頑張れたわけではありません。

それでも、もう一度、自分にできることを探してみよう。
少しずつ、そう思えるようになっていきました。

そんな頃、以前から気になっていた不妊専門の鍼灸院に、キャンセルが出ました。

とても人気のある鍼灸院で、新規の予約は2〜3か月待ちでした。
しかも、キャンセルが出た日は、偶然にも仕事が休みの日。

これはもう、行くしかない。

そう思い、すぐに予約を取りました。

鍼灸院では、私の身体に合わせて、生活習慣や食事について見直せることを教えていただきました。
具体的な内容は、前回の記事に詳しく書いています。

私にとって何より大きかったのは、毎回、次に通う日までの宿題を出してもらえたことでした。
少し前までの私は、何をどう頑張ればいいのか分からなくなっていました。
けれど、家でお灸をすること、身体を動かすこと——今日から取り組めることが、一つずつ見えてきたのです。

自分には、まだできることがある。

そう気づけたことが、何より嬉しかったです。

私は、アトピー改善に取り組んでいた頃から、自分の身体のために、自分でできることはやってみるという考え方が好きでした。

だから、ただ鍼灸院に通うのではなく、教えてもらったことを家でも続け、それを見てもらいに行くような感覚で通っていました。

自分でできることに取り組み、分からないことや今の身体の状態を、先生に確認してもらう。
その繰り返しの中で、頑張り方が分からなくなっていた私も、少しずつ、

もう一度、頑張ってみよう。

そう思えるようになっていきました。

あのとき、私は「今は休みたい」と思い、一度立ち止まりました。
何かを変えるためではなく、ただ、疲れてしまった心と身体を休ませるための時間でした。

振り返ると、あの頃の私には、あの時間が必要だったのだと思います。

不妊治療は、短い距離を全力で走りきるようなものではないと思います。
どこがゴールなのかも分からないまま、走り続ける。

私にとっては、終わりの見えない、持久走のような時間でした。
そんな道のりを、ずっと全速力で走り続けることは、私にはできませんでした。

歩いてもいい。

途中で立ち止まって、息を整えてもいい。

私はそうやって、立ち止まりながら進んできました。

今、しんどい時期にいる方がいたら、伝えたいことがあります。

もう十分頑張っているから、自分の心と身体を大切にしてほしい。

心が疲れてしまったときには、美味しいものを食べたり、大切な人と治療とは関係のない話をしたり。
自分の心が少し穏やかになれる時間も、大切にしてほしいと思います。

また、誰かの妊娠を心から喜びきれない自分に気づき、苦しくなることもあるかもしれません。
私自身、そんな自分を嫌だと思っていました。

けれど、誰かの幸せを喜びたい気持ちと、自分の状況が苦しい気持ち。
その両方があったのだと思います。

比べてしまう日も、落ち込む日もあると思います。
それでも、そんな自分まで責めなくていい。

進む速さも、休むタイミングも、人それぞれです。

誰かと同じペースで進まなくて、大丈夫。

※この記事は、私個人の体験と考えをまとめたものです。感じ方や治療の経過は、一人ひとり異なります。

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この記事を書いた人

アトピー・不妊・乳児湿疹を体質改善で乗り越えた2児ママ、yukiです🕊️
ふわりと、心も体も軽くなるようなヒントをお届けできればと思います。

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