「いつものアトピーとは、何かが違う」
そう感じたのは、顔にできた小さな水疱がきっかけでした。
水疱は潰れると真ん中がへこみ、なかなか乾かないまま、急速に顔全体へと広がっていきました。
その後、私は「カポジ水痘様発疹症」と診断され、7日間入院することになりました。
高熱が続き、顔は浸出液と黒いかさぶたで覆われていきました。
変わり果てた自分の姿を誰にも見られたくなくて、
「このまま元の顔に戻れなかったら、どうしよう」
と、不安で不安で仕方がありませんでした。
カポジ水痘様発疹症という病気を、私も自分がなるまではまったく知りませんでした。
けれど、あれほどひどい状態だった肌も、時間をかけて少しずつ回復していきました。
その後、結婚してから2回の再発も経験しましたが、最初の経験を生かして早く異変に気づくことができ、入院するほど悪化することはありませんでした。
そして、「もうカポジやアトピーに振り回されたくない」という思いから、本気で自分の身体と向き合い、食事や生活を見直しながら体質改善に取り組むようになりました。現在は再発することなく、元気に暮らしています。
この記事では、私がカポジ水痘様発疹症を発症してから入院し、肌が回復していくまでの経過、再発を経験して感じたこと、そして体質改善に取り組むようになった理由をお伝えします。
今、カポジ水痘様発疹症で、不安な気持ちの中にいる方へ。
私の経験が、少しでもお役に立てたら嬉しいです。
カポジ水痘様発疹症とは
カポジ水痘様発疹症は、主に単純ヘルペスウイルスの感染によって起こる皮膚感染症です。
アトピー性皮膚炎などで肌のバリア機能が弱っていると、ウイルスが広い範囲に広がりやすいといわれています。顔や首を中心に、小さな水疱や膿疱がたくさんできて、発熱をともなうこともあります。
治療には抗ウイルス薬が使われ、症状が重い場合には、入院が必要になることもあります。
この記事では病気について詳しく解説するのではなく、私自身がカポジ水痘様発疹症を発症し、入院したときの経験を中心にお伝えします。
※症状の出方は一人ひとり違います。気になる症状があるときは、早めに皮膚科で診てもらってくださいね。
「いつものアトピーとは違う」大小の水疱から始まった
当時は脱ステロイド中だった
カポジ水痘様発疹症を発症した当時、私は脱ステロイド中でした。
それまではステロイドを使って顔のアトピーを抑えていましたが、使用をやめていたため、肌の状態もあまり良くありませんでした。
脱ステロイドを始めてからは、病院からも気持ちが遠ざかっていて、できれば行きたくないと思っていました。
そのため、顔に異変が現れたときも、最初は「いつものアトピーが悪化しただけだろう」と思い、すぐには受診しませんでした。
私がこれまでアトピーと向き合ってきた経過は、こちらの記事にまとめています。
水疱が潰れると、真ん中がへこんでいた
症状が出始めたのは、金曜日でした。
顔に、ニキビの親玉のような大きな水疱や、小さな水疱ができ始めました。
いつものアトピーとは少し違う気がしながらも、最初はそれが何なのか分かりませんでした。
水疱は潰れると、クレーターのように真ん中がへこんでいました。潰れたところはなかなか乾かず、じゅくじゅくとした状態が続きました。
そして何より怖かったのは、湿疹が広がる速さでした。
顔にできた水疱は、時間がたつにつれて急速に増えていきました。
「これは、いつものアトピーとは何かが違う」
そう感じたときには、症状はどんどん広がっていました。
- 大小の水疱ができた
- 潰れると、真ん中がクレーターのようにへこんだ
- 潰れたところがなかなか乾かなかった
- 湿疹が急速に増えていった
※これは私が感じたことで、症状の出方は人それぞれです。
もっと早く病院へ行けばよかった
金曜日に症状が出始め、土日を挟んだ月曜日に、ようやく病院を受診しました。
「できれば自分で何とかしたい」
そう思っているあいだにも、症状は私が思っていた以上の速さで悪化していきました。
「あのとき、もっと早く病院へ行っていれば……」
その後、何度もそう思いました。
今振り返れば、受診をためらっていた私にも、当時なりの理由がありました。
それでも、この経験を通して、「いつものアトピーとは違う」と感じたときには、早めに診てもらうことの大切さを知りました。
症状は急激に広がり、7日間の入院へ
カポジ水痘様発疹症と診断され、入院することに
病院では「カポジ水痘様発疹症」と診断され、7日間入院することになりました。
顔にできた水疱は急速に広がり、発熱もありました。自分で何とかできるような状態ではなく、治療が必要なところまで悪化していました。
それまで聞いたこともなかった病名に加え、まさか入院することになるとは思ってもいませんでした。
高熱が続き、顔は黒いかさぶたで覆われていった
入院してからも40℃の高熱が続き、顔からは浸出液が出ていました。
浸出液が乾くと黒いかさぶたになり、次第に顔を覆っていきました。
浸出液のにおいも気になって、それもつらさのひとつでした。
顔だけでなく目にも症状が出て、目やにも続いていました。
その姿は、まるで「ゴジラのお面」をかぶっているようでした。
肌のつらさはもちろんありましたが、それ以上に苦しかったのは、変わり果てた自分の姿を見ることでした。
変わり果てた自分の姿を、誰にも見られたくなかった
顔を誰かに見られることが怖くて、誰にも会いたくありませんでした。
「このまま元の顔に戻れなかったら、どうしよう」
そんな不安が、何度も頭に浮かびました。
周りに同じ病気を経験した人はおらず、当時は調べても知りたい情報をなかなか見つけられませんでした。
これから肌がどうなっていくのかも分からない。
先の見えない不安の中で、7日間の入院生活が始まりました。
「元の顔に戻れるの?」絶望した入院生活
回診で知った、症状の深刻さ
入院中、先生たちが何人かのグループで病室へ回診に来たことがありました。
そのとき、先生の一人から、
「僕が受け持っているカポジの患者さんよりひどい」
と言われました。
自分でもひどい状態なのは分かっていました。それでも、先生の口からそう聞いたことで、「やっぱり私は、かなりひどい状態なんだ」と、改めて突きつけられたような気がしました。
ショックでした。
この顔は、本当に元に戻るのだろうか。
不安は、ますます大きくなっていきました。
食事も喉を通らなかった
突然入院することになり、気持ちはまったく追いついていませんでした。
鏡に映っていたのは、黒いかさぶたで覆われ、入院前とは変わり果てた自分の顔でした。
不安で胸がいっぱいになり、食事もほとんど喉を通りませんでした。
先生からは「もっと食べてほしい」と言われましたが、食べなければいけないと分かっていても、なかなか食べることができませんでした。
お見舞いに来てくれた母は、変わり果てた私の姿を見て、
「代われるものなら、代わってあげたい」
と言って、病室で涙をこらえていました。
点滴3日目、ようやく熱が下がり始めた
入院中は、カポジ水痘様発疹症の原因となるウイルスの増殖を抑えるため、7日間の点滴治療を受けました。
点滴治療を始めて3日目ごろになると、続いていた熱がようやく下がり始めました。
顔の状態はまだひどく、元に戻れるのかという不安は残っていました。
それでも、熱が下がったことで、少しずつ治療が効いているのかもしれないと、少しだけほっとしました。
5日目ごろになると、顔を覆っていた黒いかさぶたが、少しずつ剥がれ始めました。
7日目ごろには目の症状も改善してきましたが、目やにはまだ残っていました。
黒いかさぶたの下に見えた、明るい皮膚
少しずつ剥がれ始めた黒いかさぶたの下から、明るい色の皮膚が見えました。
それまでは、かさぶたの下の肌がどうなっているのかも分かりませんでした。
このまま元の顔には戻れないかもしれない。
そう思っていた私にとって、かさぶたの下に見えた皮膚は、小さな希望でした。
「もしかしたら、元の顔に戻れるかもしれない」
そのとき初めて、そう思うことができました。
すぐに元どおりになったわけではありません。
それでも、肌が少しずつ回復していることを自分の目で確かめられたことが、本当に嬉しかったです。
そして7日間の治療を終え、退院することができました。
退院しても、回復したわけではなかった
かさぶたがなくなるまで、約3週間かかった
退院できたからといって、すぐに元の肌へ戻ったわけではありませんでした。
顔を覆っていたかさぶたがすべてなくなるまでには、約3週間かかりました。
早く元の肌に戻りたくて、気になったかさぶたを無理に剥がしてしまったこともあります。
けれど、無理に剥がした部分には跡が残ってしまいました。
一方で、自然に剥がれるのを待った部分には、ほとんど跡が残りませんでした。
早くきれいに治ってほしくて、つい触りたくなってしまったのだと思います。
赤みが落ち着くまでには、3〜4か月かかった
かさぶたがなくなったあとも、顔の赤みはしばらく残りました。
赤みが落ち着くまでには、3〜4か月ほどかかりました。
鏡を見るたびに不安になることもありましたが、入院したときには想像できなかったほど、肌は少しずつ元の状態へ近づいていきました。
すぐに変化が見えない日もありました。それでも、時間をかけて回復していく様子を自分の目で確かめられたことに、私自身も救われていきました。
1か月以上の休職と、周りの言葉に救われたこと
退院後は実家に戻り、仕事を休むことに
退院後、私は実家に戻って療養することになりました。
入院中は食事もほとんど喉を通らず、げっそりと痩せていました。
顔にはまだ赤みが残り、人に見られることへの不安もありました。
当時、私はアパレル店で店長をしていました。
仕事を1か月以上休むことになり、お店やスタッフのことが気になって、「早く戻らなければ」と焦っていました。
身体も肌もまだ回復の途中だったのに、気持ちだけが仕事へ戻ろうとしていたのだと思います。
周りの言葉に救われた
そんな私に、母がかけてくれた言葉があります。
「神様がくれた休息期間だと思って」
早く治さなければ。早く仕事に戻らなければ。
そう焦っていた私にとって、その言葉は「今は休んでもいいんだ」と思わせてくれるものでした。
ずっと頑張り続けてきた私に、立ち止まる時間が必要だったのかもしれない。
職場のマネージャーからも、こう言ってもらいました。
「お店は大丈夫だから、ゆっくり休んでね」
店長の自分が長く休んだら、お店に迷惑をかけてしまう。そんな申し訳なさを抱えていた私にとって、「お店は大丈夫」という言葉は、大きな安心につながりました。
二人の言葉に支えられ、少しずつ「今は回復することを一番に考えよう」と思えるようになりました。
赤みを化粧で隠し、仕事へ復帰
顔の赤みはまだ残っていましたが、化粧で隠せるくらいまで回復し、1か月以上の休みを経て、私は仕事へ復帰しました。
まだ元どおりの肌ではなく、人の目も気になっていました。
それでも、少しずつ日常へ戻れることが嬉しかったです。
復帰後は、それまでのように仕事を一人で抱え込まず、スタッフにお願いできることはお願いし、仕事を割り振るようになりました。
自分がいなければ、お店は回らない。
どこかでそう思っていたのかもしれません。
けれど、私が長く休んでいるあいだも、お店はスタッフのみんなに支えられていました。
この経験を通して、周りを頼ることは、迷惑をかけることではないと気づきました。
一人で抱え込まず、誰かを信じて任せること。
それも、店長として大切なことだったのだと思います。
結婚後に2回再発して分かったこと
「また、あの状態になったらどうしよう」
最初の入院からしばらくたち、結婚後に、カポジ水痘様発疹症を2回再発しました。
肌にいつもとは違う症状が現れたとき、頭に浮かんだのは、初めて発症したときのことでした。
また、顔中に広がってしまうのではないか。
また、入院することになるのではないか。
「もう二度と、あの状態にはなりたくない」
一度経験しているからこそ、再び同じことが起こるのではないかという怖さがありました。
今度は早く異変に気づくことができた
初めて発症したときは、それがカポジ水痘様発疹症だとは分かりませんでした。
けれど再発したときは、いつものアトピーとは違う水ぶくれのような症状や、なかなか乾かないクレーター状の発疹、突然広がっていく様子を見て、「もしかしたら、またカポジかもしれない」と思いました。
一度目の経験があったからこそ、今度は早い段階で異変に気づくことができたのだと思います。
そのまま様子を見ることはせず、すぐに皮膚科を受診しました。
早めに受診し、入院するほど悪化せずに済んだ
2回とも、皮膚科で処方された薬を5日間飲み、入院するほど悪化せずに済みました。
初めての入院は、思い出すだけでも怖くなるほどつらい経験でした。
それでも、そのときの経験があったからこそ、再発したときには「いつものアトピーとは違う」と気づくことができました。
私にとって、自分の肌の変化を知り、早めに行動することの大切さを改めて感じた出来事でした。
もうカポジやアトピーに振り回されたくない
繰り返す症状に、不安を感じていた
カポジ水痘様発疹症を初めて発症し、結婚後にも2回再発したことで、私はいつも心のどこかに不安を抱えるようになりました。
また、あの状態になったらどうしよう。
いつものアトピーとは違う症状が出るたびに、カポジではないかと怖くなりました。
症状が出たら病院へ行き、薬を飲む。
もちろん、それも大切なことです。
けれど私は、「もうカポジやアトピーに振り回されたくない。肌への不安に縛られず、安心して赤ちゃんが欲しい」と強く思うようになりました。
食事や生活を見直し、身体と向き合うように
それをきっかけに、私は食事や生活習慣を見直し、自分の身体と向き合うようになりました。
私が意識したのは、身体の中から整えることでした。
いらないものを出して、食べたものをきちんと吸収できる身体にすること。良い栄養をとること。そして、睡眠時間を削らないこと。
どれも特別なことではありませんが、それまでの私は、忙しさを理由に後回しにしていたことばかりでした。
すぐに何かが大きく変わったわけではありません。
それでも、毎日の食事や過ごし方を少しずつ見直しながら、肌だけではなく、身体全体を整えていくことを意識するようになりました。
カポジを繰り返した経験から、自分の身体の状態を知り、日頃から大切にすることにも目を向けるようになりました。
カポジの再発と妊活への不安をきっかけに、私が暮らしの中で見直したことは、こちらの記事に詳しくまとめています。
最後の再発から、6年が経ちました
最後に再発してから、6年が経ちました。
その間、カポジ水痘様発疹症は一度も再発していません。
再発しないために何がどれだけ影響したのかは、私には分かりませんが、
それでも、食事や生活を見直したことは、自分の身体を大切にするきっかけになりました。
以前は、いつも頭の片隅にカポジのことがありました。けれど今は、再発を心配することなく毎日を過ごせています。
入院した病院で、二人の子どもを出産
初めてカポジ水痘様発疹症を発症したとき、「元の顔に戻れるのだろうか」と絶望しながら過ごした病院。
あとから聞いた話ですが、当時、父は「一生面倒をみていく覚悟をした」と言っていました。
母は「もう結婚はできないと思った」と話していました。
それくらい、当時の私はひどい状態だったのだと思います。
その同じ病院で、私はその後、二人の子どもを出産しました。
あの頃の私は、結婚することも、母になることも、想像できていませんでした。
目の前のつらさで、先のことを考える余裕さえありませんでした。
けれど、あの入院生活から長い時間がたち、今は二人の子どもたちと毎日を過ごしています。
つらかった経験がなくなるわけではありませんが、
それでも、あのときには想像できなかった今を生きていることに、私自身がいちばん驚いています。
今、カポジ水痘様発疹症で不安な方へ
今、カポジ水痘様発疹症と診断され、不安な気持ちでこの記事を読んでいる方もいるかもしれません。
初めて聞く病名に戸惑い、これからどうなってしまうのだろうと、怖くなっている方もいると思います。
私も初めて発症したときは、カポジ水痘様発疹症について何も知りませんでした。
顔中に症状が広がり、鏡を見るたびに、「本当に元の顔に戻れるのだろうか」と絶望していました。
薬による治療は、症状を抑えるために必要なことでした。
けれど私は、症状が落ち着いたあと、「もう繰り返したくない」という思いから、食事や生活を見直すようになりました。
自分の身体を整えて、少しでも元気に過ごせるようにすること。
特別なことはできなくても、自分にできることを一つずつ続けてきました。
なってしまったものは、しょうがない。
私は、そう自分に言い聞かせました。
だからこそ、ここからどう動くかが大切なのだと思います。
あれほどひどかった肌も、時間をかけて回復しました。
当時の私には、想像もできなかった今を生きています。
今は不安で、先のことまで考えられないかもしれません。
それでも、この先には、今はまだ想像できない穏やかな日々が待っているかもしれません。
私の経験が、カポジ水痘様発疹症で不安を抱えている方にとって、少しでも希望につながれば嬉しいです。



